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「与える」から「自ら立ち上がる力」へと

 そして横尾さんはこう語っています。「被災者の方に『与える』というような行為は途中でやめないといけないと思う。阪神大震災でもそうだったけど、かわいそうだからと物資を送るという行為は善意から出たものであっても、そこには対等の精神がないんです」

  たとえばアフリカの難民支援に寄付するという行為を考えてみる。もしアフリカの難民がマックのハンバーガーを食べてネクタイを締めてたら、支援するでしょ うか? おそらく多くの日本人は、支援しないんじゃないでしょうか。なぜならアフリカの難民は「裸で食べ物に困っていている人」というかわいそうな人たち というイメージがあるからです。つまり私たちは、そこに無意識のうちに上下関係を作ってしまっている。

 だからアフリカだろうが日本国内だろうが、実は問題は同じなのです。私たちのやることは、「『与える』は終わらせていくこと。途中からは、『自ら立ち上がる力』を支援する方向へとシフトしていかないといけないんです」(横尾さん)。

 つまりは「今回はたいへんでしたね。また一緒にビジネスしましょうよ!」という関係にしないといけないということなのです。そうした関係性こそが、きっと復興への力となっていくのでしょう。

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「与える」から「自ら立ち上がる力」へ 日本ユニバの活動紹介(3) | 佐々木俊尚公式サイト (via nakano)

阪神大震災のときは、震災時には姫路にある某企業の仕事(画像認識のシステム)を受けていた。出張が大変でねぇ。鉄道は JR (新幹線も含めて)も私鉄もまともに動いてないし、あちこち壊れてたりしてたけど、みんな既に日常生活してた。大事なことは(それが以前とは違うものになったとしても)早く日常生活に復帰することだと思う。生活基盤ができれば人は前に進める。その中に復興プロセスを組み込んでいくしかない。それが震災直後の序盤の棋譜だ。

今回の震災は阪神大震災よりも規模が大きいわけで、当然復興にはよりお金も時間もかかる。仮に復興に20年かかるとして、そのタイムスケールで復興のグランドデザインを立案・決断できる政治家は(与野党問わず)日本にはいないと思う。これは政治家が悪いのではなく、日本の政治システムが官僚依存で前例を逸脱しないことを是とするものだからだ。というより、そもそも「システム」というのは「逸脱」に弱い。その逸脱を超えて対応できるのは人しかないない。

人はセキュリティシステムの最弱点であると同時にセキュリティのプロセスの最強点である、と言ったのはブルース・シュナイアー氏だったか。これはセキュリティのみならず多分あらゆるシステムに通じると思う。硬直したシステムを壊せるのは人しかいないし、それは「誰か」ではなく、システムの構成員たる私たちの仕事である(って書くとジャスミン革命の解説みたいだw)。復興のプロセスは、ある意味で(既存の)システムと人の活動との間の葛藤の中で生まれてくるものかもしれない。それが、阪神大震災を経験した私たちの教訓ではないだろうか。(であるが故にプロセスの透明化が大前提なのである、とボソッと言っておこう)

(via hexe)

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